人生の転機と残された人生

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職場のストレスで3ヶ月にわたり憔悴しきってしまい、直前の2週間はとても生きているとはいえない生活となり、モンから「仕事をやめてもいいからその前に病院へ行こう。」といわれました。

2004(平成16)年7月2日。初めて精神科を受診しました。

この日を境に人生の軌道がが大きく変わることになりました。

仕事中毒から本格的な療養生活の始まりです。

躁うつ病で自宅療養と職場復帰を4回繰り返し、狭心症等で4回入院しました。

2009(平成21)年7月6日。リハビリ出勤が始まります。

これまでの職場復帰はただ流されていたように感じます。

今回はここから残された人生の始まりと思うようになりました。

昇進できないことを気にしたり、主治医に依存しすぎた生活は卒業したいです。

残された人生は、仕事や療養生活中心ではなく、家族や趣味を大切に楽しく過ごしていければいいなと思います。

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コメント(4)

私も長期間休職していたとき、同じように感じました。それまでの仕事で成果をあげることにこだわった生き方を転換せざるをえませんでした。病気になったことは苦しかったですが、人生は一面的なものではないことに気づきました。

こんにちは。コメントありがとうございます。

病気になって長期間仕事から離れたことでどうしても元のような競争に戻れるわけでもありませんし、かといっていじけて暗く過ごすわけでもない、本当の意味で自分のペースで暮らしていければいいなと思います。

病気にならずに退職まで仕事中毒まっしぐらで昇進を目指すのもいいのかもしれませんが、今となっては病気になってよかったかなと思えるようになり始めました。

残された人生…。
私は今のハードな仕事はあと4年。50歳までかなと思っています。そのころには子供達は独立しているはずだし…。

しかし、その後は収入が保証されない限り、何らかの仕事からは逃れられません。よくテレビであるように農村に移住するとか、そんなにうまくいくはずはないですよね。かといって再就職は難しいし。

うちの職場は競争のみの世界で、停滞はありえません。
したがって病気のまま上昇をめざすしかないのです。
主治医は仕事を辞めない限り寛解はないといいます。

今日、jupiさんのお考えを伺って私も考えてみようと思いました。

長くなってすみません。

自分に合った生き方を見つけようと環境を変えようにも実際には移住は難しいだろうし、子供たちのことも考えないといけないのでそう簡単にはいかないですね。

職場は競争社会なんですよね。成果主義で目標を自己申告して業績を出して査定されてボーナスが決まって・・・。

休職直前に頑張って課長表彰や局長表彰をもらって金一封やボーナスアップになりましたが、今度復職したらその辺はあまり頑張らないようにしようかなと思います。

そこそこボーナスをいただければいいかなと。

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このページは、jupiが2009年6月16日 05:58に書いたブログ記事です。

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